なごり雪達の井戸端会議

アンタ 今日も生き延びたね
お宅さんも 今日も生き延びましね

今年は久々に我々雪達が大活躍だったね
雪かきやつららを当たり前に見る冬に戻りましたね

いつもなら二日三日で我々は消えていなくなるのにね
この世に居過ぎて人の嫌なところまで見ちゃいましたね

人間って何十年と生きるから大変だよね
だから 日々の暮らしにときめきを持っていませんよね

当たり前のように生きているけど いつ死ぬか分からないのにね
どうしていつも今日が最後のつもりで楽しく会わないんでしょうね

わずかなこの世での暮らしをこんな他愛のない会話で終わらせていいのかね
他愛のない会話でも お互いの心を満たせるのならいいんじゃないですかね

春の陽気が始まったから 明日こそお互いもういないね
雪達もお役御免か 寂しいですね

寂しいのに 寂しいすら言えなくなった孤独な人間が増えたね
私はお宅さんに寂しいと言って去れるだけ 幸せなのかもしれませんね

もう二年なのか まだ二年なのか

2011年3月11日
夜
暗闇の中で
電灯を
照らしながら
残りもので
食事
石油ストーブの上に
かけていた
やかん
沸いたお湯を
湯たんぽに入れ
貼るカイロを
背中につけ
こたつの中で
寝る
余震で
度々
目が
覚める
落ち着いて
眠れない

2011年3月12日
朝
ラジオで
信じられない惨状を
耳にする
海岸で
数百人の
遺体だと
想像できないし
想像したくない
10メートルの
津波だと
うそにも程があるだろ
いつもは右上にあるのに
今日は左上にある
新聞社のタイトル文字
沿岸のまちが
がれきと
炎と
煙で
覆われている
写真に
言葉を
失う
昨日の2時46分までは
普通のまちだったのに
福島の原発も危機的状況だと
戦後最大の惨状を
生きているうちに目の当たりにするとは
電気がないから
暗くならないうちに用事を済ませなけらば
水道の蛇口をひねり 水が出たと ぬか喜び
あっという間に断水してしまった
バケツに水を入れておけばよかった
幸い 風呂水を捨てていなかった
トイレの排水用の水はしばらく持つ
問題は飲み水
そして灯油
電気はいつ復旧するか分からない
親戚にも知人にも職場の人にも
全く連絡が取れない
固定電話のディスプレイはオール8
携帯のバッテリーは残りわずか
付けっぱなしにできないから
いったん消すしかない
情報源は新聞とラジオだけ
ラジオから流れる緊急地震速報のBGMが
体とメンタルに悪い
水がほしい
灯油がほしい

2011年3月12日
昼
幸い 満タンにしたばかりだった車のガソリン
近所の現況を車で偵察
よく足を運ぶホームセンターは閉まったまま
天井が崩落したようである
これでは電灯も乾電池も買えない
給水タンクも買えない
ガソリンスタンドも開いていない
だから灯油も買えない
たまたま通りがかりのコンビニが開いていた
何か買おうと長い列に紛れ込む
コンビニの向かいにはコミュニティセンター
本当は今日ここで人と会うはずであった
列から外れコミュニティセンターへ
ひとり一本だけと思いがけずもらったのは
小さな水入りのペットボトル
一方 コンビニで二時間並び買えたのは
せんべいとスープの素と飲み物三本

2011年3月12日
夜
携帯のバッテリー残量がついに尽きた
食欲が湧かない
ラジオを聞きたいが
地元のAMがかかりにくい
設備に被害があり
簡易施設で流しているそうである
だから地元のAMよりも
東京のAMの方が入りやすい
昨日はこたつで寝たが
今日は日本間に布団を敷いて寝る
私服のまま
余震で寝た気がしない日々は
いつまで続く…

2013年3月11日
未明
机を整理していたら出てきた
東日本大震災直後のメモ書き
あれから
もう二年なのか
まだ二年なのか

いしのまきのカケラ

一見
震災前に戻ったかのように見える
猛暑のいしのまきの駅前
しかし
海の方へ進むにつれ
再生と傷痕が混在している
港のそばは瓦礫の山のまま
壊れた建物のまま
更地のままの昔の住み家は
緑の草が伸び放題
そして 門脇小もあの日に燃え尽きたまま

共に散策する神奈川の友人が
3月12日に門脇小を訪れた時
校舎をスケッチしているジャージ姿の女の子に
みんな昨日しか来ないもんと
無邪気に皮肉を言われたそうだ
そうだよね
人間は出来事が起きた時と
そのあたり日以外は知らん顔だもんね

校庭の手前で凛と咲いている大きなひまわり
すすけた校舎の前で
私くらいは明るく生きなきゃと言わんばかりである

門脇小の右手を奥へ進み急な階段と出会う
登る先は日和山公園
一度目の踊り場で小休憩をし
無意識に下を眺める
眩しい光の射し具合が
心なしか希望の光に見えてくる
そして 強く 涼しく 心地よい 風
いや 千の風と化した犠牲者の人々か
千の風は 我々に懇願しているように感じる
町のさらなる復興と 明るい未来を
ほどよい苦しさを越えてたどり着いた日和山公園
たくさんの人々の命を救った日和山公園

広場では イベントでピアノの演奏をする女性や
一丁前に落語をするガキたちがいる
何を言っているのか分からないが
元気でませている ガキの声や語り口調に
思わず引き込まれ落語を眺めていた自分

その後に向かった先は仮設住宅
どう被災者と向き合えばいいのだろう
そんな深刻な思いが吹き飛ぶくらい
おばちゃん達 いや お嬢さん達は
明るく茶飲み話をしている
大笑いするお嬢さん達の笑顔が
心なしか門脇小の大きなひまわりと被って見える

今回訪れた目的は被災者への朗読奉仕
そして被災者に今思っていることを語ってもらい
それを参加者で分かち合うこと
だが 話の流れで私が愚痴を吐きまくってしまい
被災者を励ますつもりが
逆に被災者から励まされるありさま
何しに来たんだと思いながらも
集いの最後は 現在介護職の友人のアイデアで
参加者全員で 輪になって 手を握って
目をつぶって 無のひととき
両脇のお嬢さんの やわらかい手のぬくもりに
心が洗われ 癒しのひととき

昨日 日和山公園からいしのまきの港を見下ろした私は
今日 ビルの上階から仙台の街を見下ろしている
何食わぬ顔して動いている仙台の街
そんな街を 缶コーヒー片手に見下ろしている
昨日のいしのまきのカケラを
心の中で拾い集めながら

AWAY&RETURN

人は時々 現実が嫌になって
どこか 遠くへ逃げたくなる
そして いろいろと経験を重ね 心が満ちた時
再び 現実に戻っていく

好きな知人に誘われたこと
今まで行った経験がなかったこと
山奥の空気を久しく吸っていなかったこと
今の生活からちょっと逃げたかったこと

これらが重なり 迷わずドライブに混ぜてもらった
向かう先は 蔵王の別荘
今回の参加者は 奇しくも独身ばかり
私よりも年上の参加者が多いのに 独身ばかりとは

久しぶりに見る釜房ダム
車を降りて眺めたいけどここは我慢
赤い鳥居をくぐり 右折と左折を繰り返し
別荘に到着 久々に味わう森のにおい

森の中から木洩れ日が 私たちを出迎える
深い森のにおいが 私の欠乏していた部分を補う
木から落ち土手の上でパカッと開いているイガグリ
実がなく空っぽだったり 2個3個と入っていたり

別荘の中で 木のにおいが心を和ます
1階はライブもできて映画も楽しめるダイニング
2階は寝室 一瞬ゴロ寝してみたくなる
ベッドの上は 生の四季を味わえる透明の額縁

自発的に食器や食べ物を並べ始める女性陣
手伝いどころを探っている男性陣
意地悪な人も 見下す人も 奴隷扱いする人もいない
だから 自発的に何か役に立ちたくなる

座る場所をめぐっていす取りゲームが始まった
そこ男性が固まっちゃダメじゃない
この椅子座りにくいからそっちとかわって
そうしてやっと決まった定位置

主催者のあいさつがあり ようやく乾杯
テーブルには溢れんばかりの料理とお酒
すずめの酒盛りとはいかないが
食べたい時は黙々と食べ 話しがしたい時には話す

決して無理はしていない
だから 居心地がいい
会話のない空間も癒しの空間になっている
お通夜の席とは違う静かな癒しの空間

遅れて今回唯一の夫婦での参加者が到着
実力のある工芸職人の夫婦である
歩く姿に独特のオーラを感じる
和やかな空間に華やかさが加わる

せっかくだから外の空気を吸いたい
私はちょっと席を外す
少し遅れて もうひとり男性が出てくる
たばこを吸いたかったようだ

吸いたいものは違えども
外に出た縁で身の上話
実は 男性が独身である理由は
震災の津波で妻を始めとする親族を亡くしたから

今は故郷の沿岸を離れ仙台に住んでいる男性
大変なのは自分だけじゃないからと男性
いや それぞれがそれなりに大変だったろうと私
私は みんな同じという言葉が大嫌いである

ひとつの出来事により被ったものもみんな違えば
それによるダメージの受け方もみんな違うのである
それを人はすぐみんな同じで解決しようとする
だから 私はこの男性の大変さを尊重したかった

別荘の窓から我々を呼ぶ声が
シャンソンのライブが始まる
山奥の別荘でおいしさに囲まれてシャンソンの歌声
今日はどこまで癒しのてんこ盛りだろうか

だがその後 私に問題が発生する
元々雑談スキルの乏しい私
会話に入り込めず何もしゃべられなくなる
やはりここでも悩みは同じなのか

そんな時 工芸職人の奥様が私に声をかける
私はおしゃべりだから 無口な人が羨ましいわ
私はすかさず 奥様に切り返す
おしゃべりのできるあなたが 逆に羨ましいです

うちの旦那も全然しゃべらなかったのと奥様
でも私がしゃべらせようと常に声をかけていたから
ここまでしゃべられるようになったの
黙っていたら 黙ったままになっちゃうのよね

内助の功に支えられ羨ましい工芸職人
パソコンソフトの話から意気投合し職人と会話する
年齢を感じさせない仕事への情熱に
職人に定年などないと改めて感じる

人とつながるって
自分だけ頑張ってもダメ
相手に恵まれるだけでもダメ
双方のタイミングも重要なようである

暗くなった山奥で ジャズピアノのCDでしんみり
これまでの時間があったから
この憂いがむしろ心地よいし
また前向きに取り組んで行けそうな気がする

名残惜しい別荘に別れを告げ仙台へ戻る
車中で懐かしいYOUNG MANを聴きながら
若いうちはやりたいこと何でもできるって言うけど
年取ったってその気があれば何でもできるだろと毒づく私

人は時々 現実が嫌になって
どこか 遠くへ逃げたくなる
そして いろいろと経験を重ね 心が満ちた時
再び 現実に戻っていく

日帰り入浴

さぞかし疲れているだろうに
普通の顔をしてバスに入ってくる人々
送迎バスはこれから温泉へ向かう
避難所生活の被災者たちを乗せて
添乗員の私ができることはないだろうか
被災者の話し相手になりたいとも思ったが
どんな言葉を以ってしても
被災者の心は和らげられないと思った
だから 黙って付き添った
黙って付き添うしかなかった

いつもと変わらないもの静かな右側のまち
戦後のように荒れ果てた左側のまち
道路を隔てて広がる正反対の世界
新聞を見てショックを受け
テレビを見てさらにショックを受けたが
震災現場を見てのショックはその何十倍である
高速道路へ入る送迎バス
一般車輌は通行禁止 だから道路はガラガラ
早くお風呂に入れるから
こんな時こそ組織のチカラ
連携が成す支援のチカラ

なごり雪と初春(しょしゅん)が入り乱れている温泉街
独特の硫黄のにおいが鼻につく
普通の旅ならこの風情を味わうのだが
疲れ果てた心身に風情もへったくれもない

ゆっくり入って下さい
目的地に着きバスの出入り口に立つ私が
被災者にかけられる精一杯の言葉

こればかりは当たりようがないから
会話の中で宿の支配人が何度となく口にする言葉
被災したにも関わらず支援して下さるありがたい温泉宿

お風呂から出てくる被災者
おじいちゃんも おばあちゃんも
おにいちゃんも おねえちゃんも
生まれたてのようなオーラを感じる
いつもと何ら変わらないお風呂
でも今に限っては命をつなぐお風呂

ああ 久しぶりだ こんなにあたたかいの
スッキリしていい顔の被災者にアルファ米を配る
手にしたおばあちゃんがあたたかいアルファ米を頬に当てる

ここは天国だね
通常営業の売店で買い込みをする女性が言った言葉
温泉の帰りに寄った道の駅

この道の駅では炊き出しもやっている
いつもと変わらない味噌汁なのに
汁のあたたかさと 人のあたたかさが 身にしみる

温泉からの帰り道
次第に戻りつつある現実
いつもと変わらないもの静かな左側のまち
戦後のように荒れ果てた右側のまち
道路を隔てて広がる正反対の世界をよそに
送迎バスは無感情で通り抜けていく

我が家に戻ってきたぞ
いつもの避難所が見えてきた時
バスの中で男性が元気よく言った言葉

厳しい環境の中でも
明るく生きようとするたくましい被災者

その一方で被災者よりも恵まれている環境なのに
いや 恵まれている環境だからこそ
さらに現実に戻りつつある私
私も被災者である
だが自宅に住めているし
ライフラインも回復しつつある
そんな恵まれている環境だからこそ
震災で埋もれていた悩みまで掘り起こしてしまった
日帰り入浴程度では到底洗い流すことのできない
生きているうちに解決できるか分からない
永遠の悩みを

幸せ過ぎて不幸だったんだよ

携帯電話は未だ圏外
停電で充電すらできない
電話も通じず誰とも連絡が取れない
テレビもインターネットも見られない

東日本大震災のおかげで
生活が麻痺してしまった
東日本大震災のおかげで
忘れかけていたものを思い出した

久々に手をあげて横断歩道を渡ったし
久々に懐中電灯で部屋を照らした
久々に物置を開けて給水タンクを見つけたし
久々に乾電池を入れてラジオをつけた

湯たんぽのありがたさを感じたし
石油ストーブのありがたさを感じた
カイロのありがたさを感じたし
何より あなたが無事でいるありがたさを感じた

電気 水道 ガス 電話
当たり前に使えていたものが使えない
私は自宅でこの窮地をしのいでいるが
津波で家を流された多くの人が避難所にいると
ラジオでは言っている
便利な21世紀が崩れ落ち
情報の頼りがラジオになるとは
余震には慣れたが緊急地震速報の音には全く慣れない
公衆電話が長蛇の列になるとは
携帯電話に頼り過ぎたしっぺ返しなのか
仕事はどんどんデジタル化
そしてスピード化に効率化
何もかも電気があればこその話である
電気が麻痺したら 何もできない
インターネット ブログ ツイッター フェイスブック
電気が使えなければパソコンも使えないんだよ
ハイテクの気にばかりなって
ローテクを粗末にしていた愚かな私達

大震災から間もないのに
復興なんてたやすく言うな
今はまだまだ被災中だ
気持ちはピリピリしているし
原発だってどんな結末になるか分からないのだから
頑張れなんてたやすく言うな
身近な人や縁ある人からの電話やメールは
生きる力になるけれど
無関係な人の不特定多数に向けたにわかなメッセージなんて
大きなお世話だし 単なる迷惑である

私達は 幸せ過ぎて不幸だったんだよ きっと
幸せ過ぎて不幸であることに気づかなかったんだよ きっと
だから今は とりあえず噛みしめよう
寒さの中で ほかほかのごはんが食べられる幸せを

一緒に人生やり直しだね

津波がね 津波がね
ぼくのおうちを流したよ
がれきの海に問いかけた がれきの海に問いかけた
ぼく 何か悪いことしたの

辛くてね 辛くてね
ぼくは涙が流れたよ
またたく星に問いかけた またたく星に問いかけた 
ぼく あしたからどうなるの

疲れたね 疲れたね
避難所でラジオ流したよ
いやしの声に問いかけた いやしの声に問いかけた
ねえ みんな元気でいるよ

つれないね つれないね
それでも時は流れたよ
行き交う人に問いかけた 行き交う人に問いかけた
ねえ できること何かある

月日にね 月日にね
いやな思い出を流したよ
更地のまちに声かけた 更地のまちに声かけた
さあ 一緒に人生やり直しだね

五十路のジジイになる前に

お金がなくても健康
イヤな仕事でも安定収入
やりたいことをやれると思ったらもう歳だ
全てうまくいきません
これが人生です
しばらく前にあなたからもらった手紙
五十歳を一週間後に控えた元旦に
改めて読み返し感じる人生の黄昏

五十路のジジイになる前に
言って置きたいことがある
五十路のジジイになる前に
最後の若さへの悪あがき

新成人になる若者たちよ
結婚は早い方がいい
成人になったのだから
さっさと一度は結婚しちゃいなさい
そしてバツイチくらいは経験しちゃいなさい
恋愛以外に没頭し過ぎちゃったから
結婚もできず家庭も持てずに
五十路のジジイになろうとしている私
ラジオでリスナーの結婚報告が読まれたり
夫や妻や子供の話が読まれたりすると
イライラしてきてすぐに局を変えてしまう
五十路で独身未婚に隠せない劣等感
高齢で独身でも活き活きしている人だっているのにね
好きで独身を貫くなら全然構わないけれど
一度しかない人生だから
結婚は早いうちにしておいた方がいい

五十路のジジイになる前に
言って置きたいことがある
五十路のジジイになる前に
最後の若さへの悪あがき

新成人になる若者たちよ
職場は戦場だと思え
仕事で評価されようと思うな
仕事でねぎらわれようと思うな
抜け目なく上から目線の人ばかりしかいない職場
私が理不尽に怒られても誰もかばってくれない職場
気を利かせてやっているつもりでも
大半の人はそう思っていないし
完璧に仕事をしているつもりでも
一つの過ちで信用はモロくも崩れ去る
何年経っても心が通わない社員と
安定収入のために折り合いをつけて顔を合わせる日々
定年まで居ろとは言わないけど
職場はハガネのメンタルを鍛える場所だと思って
ある程度は長く居続けて世間の実態を知ってから
真の職場を見つけても遅くない

五十路のジジイになる前に
言って置きたいことがある
五十路のジジイになる前に
最後の若さへの悪あがき

新成人になる若者たちよ
財産は死ぬ前に断捨離しなさい
いつか読むだろうと飾っている本や
いつか着るだろうと飾っている服なんて
死んでも墓場に持っていけないよ
生きているうちにいらないものは
売ったり捨てたりあげたりした方がいい
お金だって残すのは葬式代と墓代だけでいい
何千万円も貯めて使わずに死ぬなんて愚かだ
仕事で信用を得ていればお金には困らないし
経済力があるならばどんどん借金すればいい
パッと捨てるものは捨て 使うところは使い
身軽にして死んだ方がお利口さんだと思うけど
死は歳の順番じゃない
だから悔いのないように欲しいものを手に入れながら
いつこの世から旅立ってもいいように断捨離しておこう

お金がなくても健康
イヤな仕事でも安定収入
やりたいことをやれると思ったらもう歳だ
全てうまくいきません
これが人生です
しばらく前にあなたからもらった手紙
五十歳を一週間後に控えた元旦に
改めて読み返し感じる人生の黄昏